大阪高等裁判所 平成元年(ネ)346号 判決 1991年9月20日
控訴人
株式会社Y1
右代表者代表取締役
Y2
右訴訟代理人弁護士
田中一郎
控訴人
Y2
同
Y3
同
Y4
同
Y5
同
Y6
同
Y7
同
Y8
同
Y9
同
Y10
同
Y11
以上一〇名訴訟代理人弁護士
乙川二郎
被控訴人
X
右訴訟代理人弁護士
丙沢三郎
同
丁海四郎
主文
本件控訴を棄却する。
控訴費用は、控訴人らの負担とする。
事実
第一 当事者の求めた裁判
一 控訴人ら
1 原判決を取り消す。
2 大阪地方裁判所が、昭和五五年三月二六日、同庁昭和五五年(ヨ)第八八一号取締役、代表取締役及び監査役の職務執行停止並びに職務代行者選任仮処分申請事件についてした仮処分決定を取り消す。
3 右仮処分申請を却下する。
4 訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。
5 2項につき仮執行宣言
二 被控訴人
主文に同じ
第二 当事者の主張
原判決事実摘示(原判決三枚目表八行目から同一二枚目表末行まで)のとおりであるからこれを引用する。但し、次の付加、訂正をする。
一 主張の訂正等
1 原判決四枚目裏三行目の「別紙」から同四行目の「変更登記」までを「役員変更登記(昭和五五年一月六日の別紙決議目録(三)の決議に基づく登記)」と、同八枚目裏六行目の「会社自体を」を「控訴会社自体を」と、それぞれ改め、同七行目の「債権者が」を削り、同九行目の「確定判決後の」を「判決が確定したとしても、その後の」と改め、同一〇行目の冒頭に「債権者が」を加える。
2 同一一枚目表三行目の「同Y7、」を「同Y7、同Y8、」と、同枚目裏四行目の「(一万四〇〇〇株、」を「(一万〇四〇〇株、」と、同裏六行目の「亘る」から同七行目の「決議による」までを「わたって発行した」と、同一二枚目表一行目の「あるから、」を「あり、またこれについて商法二八〇条の二第二項の株主総会の特別決議を経ているから、」と、同六行目の「登記」を「内容の登記」と、それぞれ改める。
(以下は別紙の訂正等)
3 同四六枚目表二行目の「決議目録(一)」の次に「(昭和五四年八月二三日の株主総会)」を、同七行目の「決議目録(二)」の次に「(昭和五四年一〇月一二日の株主総会)」を、同四七枚目表四行目の「決議目録(三)」の次に「(昭和五五年一月六日の株主総会)」を、それぞれ加え、同一一行目の次に「同Y8」を挿入し、同枚目裏二行目の「決議目録(四)」の次に「(昭和五五年二月二三日の株主総会)」を加える。
4 同四九枚目表上段八行目の「債務者の会社」を「控訴会社」と、同枚目裏一行目の「一一」を「二」と、同五一枚目表一〇行目の「立売掘支店」を「立売堀支店」と、同枚目裏一行目の「六日」を「一六日」と、それぞれ改め、同五五枚目裏上段三行目の「業々」を削り、同五七枚目裏下段五行目の「トウザヨキン」を「当座預金」と、それぞれ改める。
5 同五九枚目表一〇行目の「不実登記」の次に「(決議目録(一)関係)」を加え、同六一枚目表末行の「右(一)」を「右1」と改め、同枚目裏三行目の「登記」の次に「決議目録(二)関係)」を、同六二枚目表一二行目の「Y7」の次に「及びY8」を、それぞれ加え、同六四枚目表三行目の「一六日」を「一日」と、同五行目の「右(一)」を「右1」と、それぞれ改め、同九行目の「登記」の次に「(決議目録(三)関係)」を、同六五枚目裏六行目の「登記」の次に「決議目録(四)関係)」を、それぞれ加える。
二 当審での控訴人らの主張(1、2は新たな主張、3、4は補足的な主張)
1 被保全権利の不存在
昭和五五年二月二三日の株主総会では、原判決別紙決議目録(四)の決議の外に、同目録(二)、(三)の各決議の効力が認められない旨の判決が確定したときに効力が生ずることを条件に右目録(二)、(三)の各決議と同一内容の決議並びに右目録(四)の決議と同一内容の決議が念のためなされた。これらの決議は、いずれも有効な決議であるから、右目録(四)の決議が、不存在、無効とされ、あるいは取り消されても、なんら法律関係に変更をきたさない。そうすると、右決議の不存在ないし無効確認あるいは取消しの訴えは、いずれもその利益を欠くから、被控訴人は、本件仮処分の本案の勝訴判決を得ることができない筋合である。したがって、本件仮処分の被保全権利は存在しない。
2 事情変更による取消し
右1に主張したとおり、前記目録(四)の決議とは別に、これと全く同一内容の有効な決議が存在している。したがって、本件仮処分でその職務の執行を停止された控訴人らは、右有効な決議に基づいて、なお控訴会社の役員としての地位を有していることになる。そうすると、このような事情は、職務執行停止後に右停止にかかる役員が解任されて新役員が選任された場合と同一視されるから、本件仮処分は、事情変更により取り消されるべきである。
3 昭和五四年八月三〇日株主総会の有効性
仮に、右株主総会には、取締役会の決議に基づかないでY2が招集した瑕疵があるとしても、このことは、決議取消しの訴えによって取り消しうる瑕疵にとどまり、右決議が不存在ないし無効となるものではない。
4 本件新株発行の有効性
仮に、本件新株発行には、取締役会の決議に基づかない瑕疵があるとしても、右新株発行は、控訴会社の代表取締役であるY2が行ったものであり、またこれについて商法二八〇条の二第二項の株主総会の特別決議がなされている等の事情に鑑みれば、本件新株発行を無効とみるべきではなく、旧株主は、持株比率の低下を受忍すべきである。
また、仮に、本件新株発行が、不公正な方法による発行にあたるとしても、旧株主は、新株の払込期日までに商法二八〇条の一〇に基づく差止めの仮処分を得ない限り、新株発行無効の訴えを提起することはできない筋合である。したがって、本件新株発行は有効というほかない。
第三 疎明<省略>
理由
一当裁判所の認定、判断は、原判決の理由一ないし四(原判決一三枚目表二行目から同四四枚裏六行目まで)と同一であるから、これを引用する。但し、次の付加、訂正をする。なお、理由中に「証拠」とあるのをいずれも「疎明」と読みかえることにする。
1 原判決一三枚目裏五行目全部を次のとおり改める。
「四八号証の一ないし六、第一七五号証、第一七七号証の一ないし五、第一八〇号証、第一九四号証の一ないし七、疎乙第六五号証、」
2 同一三枚目裏七行目「一ないし三」を「三」と改め、同八行目の「一ないし三」の次に「、弁論の全趣旨により成立の認められる疎乙第八五号証の九の一、二」を加える。
3 同一四枚目表七行目の「昭和二四年」を「昭和二三年」と、同八行目の「同年六月頃、」を「昭和二四年七月頃、」と、それぞれ改め、同枚目裏末行の次に行を変えて次項を挿入する。
「なお、Y2が、昭和二四年七月ころXから阿波座の前記土地建物を贈与されたとの主張については、これに沿う前掲<証拠>の記載は、これに反する前掲<証拠>の記載に照らし採用できず、他にこれを一応認めるに足りる的確な疎明はない。」
4 同一五枚目の末行の「Xが」の次に「、闇でもうけた金を出せ等と脅されるなどして、」を加え、同一六枚目裏九行目の「六月」を「七月」と改め、同一七枚目裏四行目の「到底」を削る。
5 同一八枚表九行目の「証拠はないが、」を次のとおり改める。「疎明はない(払込資金の出所、払込の場所等についてのY2の関係各審尋調書や報告書の記載は、変転していて信用性に乏しいことは事実であるが、反面、この点についてのXの関係各審尋調書等の記載も具体的な裏付けに乏しい面があり、必ずしも信用性が高いとはいえない)。また、」
6 同一八枚目裏一一行目の「指摘するが、」を「指摘するから、これについて判断する。」と、同二一枚目裏二行目の「昭和四八年」を「昭和四六年」と、同三行目の「別表二」を「別表二(前掲疎甲第一一一号証の一)」と、同二三枚目表末行の「仮払金」を「仮払金に対する返済」と、同二四枚目表六行目の「差し迫って、」を「差し迫って」と、同枚目裏五行目の「八月」を「六月」と、同二六枚目表四行目の「乙」を「乙につき」と、それぞれ改め、同二七枚目裏一〇行目の「記載された」の次に「(すなわち、右のメモは実質上は控訴会社の株主名簿の役割をはたしていた)」を、同一二行目の「一人株主であったとは」の次に「到底」を、それぞれ加え、同二八枚目表三行目の「52」を「51」と改める。
7 同二八枚目四行目の末尾に続けてつぎのとおり加える。
「つまり、Xが、昭和三九年以来株式変動の都度遂次記載してきたものとは、同メモの記載の態様から考えられないこと、Y2自身、昭和五四年一〇月九日の大阪地方裁判所での審尋中で、右メモは、昭和五一年九月三〇日にXが作成して同日Y2が受け取った旨及びその作成の目的は前記認定のとおりであった旨明言していること、」
8 同二八枚目表六行目から七行目にかけて、「到底措信しがたく、」とあるのを「Y2の右主張は採用できず(なお、<証拠>によると、Y2は、昭和三九年の増資時に、株主名簿を作成するようにとのH税理士の指示に従って右メモを作成した旨述べているが、株券を発行していない同族会社である控訴会社が、当時株主名簿を作成する必要があったとは考えられないし、もし作成の必要があれば形式の整ったものを作成するのが自然であるが、右メモは、単に各株主の持株の変動のみを記載したものにすぎず、到底税理士の指示に従って作成されたようなものとは考えられない)、」と改める。
9 同二八枚目表七行目の次に行を変えて次項を挿入する。
「なお、控訴人らは、右メモの記載の内容について、ア Xが、税務の申告書の記載にあわせてこれを一時に記載したというのであれば、昭和四七年三月(一八期配当の個人申告時)に初めて右メモに記載された各株主の申告書に配当所得が表示された(<証拠>)以上、右のメモにも、昭和四七年三月が持株変動の時点として記載されてしかるべきである、イ もし法人税申告書の記載にあわせて記載したというのであれば、前記認定のとおり昭和四六年六月決算時に法人税申告書の「判定基準となる株主、社員数」として「3人」と記載した以上右メモでもこれにあわせた記載がなされるべきである、ウ 右メモ中にみられる株式の無償譲渡については、贈与税が課されるおそれがあり、したがって、あえて仮装してまでそのような記載をするのはおかしい等と主張する。しかし、アの点は、右メモの各記載が、基本的には、控訴会社の法人申告書の記載にあわせてなされたこと(<証拠>)に照らせば、問題にならないし、イの点は、右の「3人」の記載が「同族会社の判定基準」としての数字にすぎず、総株主数を記載する必要はないわけであるから、これにあわせてメモを記載すべき理由はない。また、右メモの作成の主たる目的が、前記認定のとおり、乙を控訴会社の名義上の株主とすることをY2に承認させることにあったこと、右メモの作成にはごくわずかの時間しかかけられていないこと(前掲<証拠>)を考慮すると、ウの点も問題にならない。結局、右のような控訴人らの主張は、採用しない。」
10 同二八枚目表一〇行目の「あること」を「あることを」と、同二九枚目表八行目の「子供達の」を「子供達への」と、同一〇行目の「債務者会社の第一八期から」を「第一八期以降控訴会社から」と、それぞれ改め、同二九枚目裏三行目から四行目にかけて「会社からの仮払ではなく」とあるのを削り、同三〇枚目表八行目から九行目にかけて「昭和五二年八月頃まで」とあるのを「昭和五四年八月までの間は」と改め、同枚目裏一二行目の「られる」の次に続けて次項を加える。
「(控訴人らがXを解任したと主張する昭和五四年八月一五日の取締役会決議、同月三〇日の株主総会決議の効力については、後に判断する)」
11 同三一行目表一〇行目の「にわかに」を「到底」と、同枚目裏五行目から六行目にかけて「同人が債務者会社の一人株主、一人代表取締役とは認められないから、」とあるのを「控訴会社の取締役兼代表取締役は、XとY2の二人であるから、」とそれぞれ改め、同三二枚目表一一行目の「一月六日」を「一月九日」と、同一二行目の「(三)記載の」を「(三)記載の決議に伴う」と、それぞれ改める。
12 同三二行目裏五行目から同三四枚目表五行目までを全部削り、そこに次項を挿入する。
「二 抗弁
控訴人ら主張の抗弁事実のうち、控訴会社の商業登記簿に原判決添付別紙決議目録(二)ないし(四)記載の内容の登記があることは、当事者間に争いがない。
前掲各証拠及び<証拠>によると、XとY2の対立は、昭和五四年八月上旬頃からさらに激しくなり、Y2は、同月一〇日頃、それまでXが控訴会社の本店社長室に保管していた会社の代表者印、銀行届出印、帳簿その他の書類などをXに無断で持ち出したこと、Y2は、Xを取締役及び代表取締役から排除しようと考え、翌一一日、控訴会社の設立以来初めて控訴会社の取締役会招集通知をXに発送したが、その内容はXの代表取締役解任の件及び取締役Xを解任することなどを決議事項とする株主総会開催の件を決議事項とするものであったこと。Xは、これに怒り、右取締役会に出席しなかったこと、そして、Y2とY6は、昭和五四年八月一五日、Xを代表取締役から解任すること及びXを取締役から解任することを決議事項とする株主総会を同月三〇日に開催することを決め、その頃、右内容の取締役会議事録を弁護士乙川二郎の事務員に記載してもらい、Xを代表取締役から解任する旨の登記を了するとともに、右株主総会の招集通知をXに発したこと、Xは、同月一五日頃、Y2に対し、右取締役会が無効である趣旨の通知をし、その後もY2に対し、Y2が主催する取締役会及び株主総会が無効である旨通知したこと、以上のことが一応認められる。
以上の事実によると、控訴会社の代表取締役であるY2が昭和五四年八月一一日にした控訴会社の取締役会招集通知は権限に基づくものとして有効であるが(控訴会社の定款(<証拠>)第二一条、商法二五九条)、同月一五日にした取締役会は、Y2のほかには名義上の取締役であるY6が出席していたに過ぎず、その定足数が不足するから有効に会議が成立せず、また有効に決議がなしえないのみならず(右定款第二三条、商法二六〇条ノ二)、控訴会社は、XとY2の二人のみが株主でしかも取締役兼代表取締役であることに鑑みると、Y2だけでした右取締役会決議の瑕疵は著しく、法律不存在といわざるをえない。したがって、同月三〇日の株主総会決議は、取締役会の決議を経ずに招集された点で瑕疵があるものというべきである。
ところで、代表取締役が、取締役会の決議を経ずに招集した株主総会の決議の効力は、特別の事情のない限り、同株主総会決議取消しの訴えによって取消されない限り有効であり、当然同決議が不存在になるものではないと解するのが相当である。そのわけは、代表取締役がその名において株主総会の招集手続きを行った以上、株主やその他の第三者に対して、招集手続が適法にされたという信頼を生ぜしめているからである。
ところが、本件では、以下に述べる特別の事情が認められるのである。すなわち、①控訴会社の株主は、XとY2の二名のみである。②また、Xは、前記の取締役会は無効である旨Y2に対して通知した。③控訴会社は、典型的な同族会社であり、これまで一度も取締役会も株主総会も招集されたことがない。したがって、それらの議事録もない。④控訴会社は、これまで株券を発行したことがない。⑤さらに、右株主総会決議は、Y2が控訴会社での自己の支配権を確立しXをその役員から排除することのみを目的としてされた。
さて、このような特別の事情がある場合には、前記のような株主や第三者の信頼の保護を考慮する必要は、全くないし、特にY2の株主総会招集目的が、不当なものであることを併せ考えると、結局、右株主総会決議は、取締役会の決議を経なかった点でその瑕疵が極めて大きいものであり、法律上は、株主総会決議取消しの訴えによる取消しをまつまでもなく、不存在であるほかはない。」
13 同三四枚目表六行目冒頭の「かえって、」を削り、同枚目裏七行目の「開催しても、」の次に「前記と同様の理由で」を加える。
14 当審での控訴人らの新たな主張1ないし3に対する判断として、同三四枚目裏一一行目の次に行を変えて次項を挿入する。
「以上の説示は、当審での控訴人らの主張3を排斥する理由として当てはまる。
そうして、右認定、判断と同一の理由により、当審での控訴人らの主張1、2にかかる各予備的決議も不存在というべきであるから、右主張も理由がない。
なお、控訴人らが主張するようなある株主総会決議の効力が認められない場合を予想し、その旨の判決が確定したときに効力を生じる旨の停止条件付決議あるいは前記決議と全く同一内容の決議を念のためしておくこと自体、会社法の規定を潜脱することのみを目的とした違法なものといわなければならない。したがって、控訴人らは、そのような決議のあることを適法に主張できない筋合である。」
15 同三四枚目裏一二行目冒頭から同三五枚目表四行目の「た旨主張するが、」までを全部削り、そこに次項を挿入する。
「本件新株発行の効力について
Y2は、昭和五四年一一月二四日と同年一二月七日の取締役会で本件各新株発行を決議し、これにつきそれぞれ同年一二月一六日と同月二七日の臨時株主総会で商法二八〇条の二第二項に基づく株主総会の特別決議を経た上で、代表取締役であるY2が昭和五四年一二月二一日(一万〇四〇〇株、一株の発行価額三五〇〇円)と昭和五五年一月一日(一万八〇〇〇株、一株の発行価額一〇〇〇円)に、それぞれ適法に本件新株を発行をしたと主張するが、」
16 同三五枚目裏二行目の末尾に続けて次のとおり加える。
「また、本件新株発行に必要な商法二八〇条の二第二項に基づく株主総会の特別決議は、前記認定のとおり、昭和五四年八月三〇日以降にY2が、Xとの抗争の中でした一連の仮装の株主総会決議の一環として仮装されたもので、不存在というべきである。」
17 同三五枚目裏三行目から同三六枚目表八行目までを全部削り、同三六枚目表九行目の「これを本件にみると、」を「ところで、本件新株発行に至る経緯及び本件新株発行の詳細について判断すると、」と、同裏八行目の「<証拠>」を「<証拠>」と、同一一行目の「(二)決議」を「別紙決議目録(二)の決議」と、それぞれ改め、同三八枚目表八行目の「Y9」を削り、同一〇行目の「一三名」を「一二名」と、同枚目裏末行の「一万八〇〇〇株」を「一万七〇〇〇株」と、それぞれ改める。
18 同三九行目裏一行目から同四二枚目表八行目までを全部削り、そこに次項を挿入する。
「以上の事実によると、本件新株発行当時の控訴会社をめぐる状勢は、XとY2間の控訴会社の主導権をめぐる激しい抗争により相当に混乱し、取引銀行やテナントも預金や賃料の二度払いなどの不安を抱いていたこと、当時の控訴会社の財政状態及び経営成績などに照らし、控訴会社が、昭和五四年一一月二〇日頃資金繰りに窮し、黒字倒産の危機に瀕していたとは到底いえないこと、Y2を除く一一名の本件新株発行の引受人は、Y2の右一連の計画と行動の支援者であること、Y2は、本件新株を流通性の乏しい譲渡制限株式としたこと、その譲渡株式数の合計が一万七〇〇〇株であり、本件新株発行を有効とした場合の控訴会社の総発行済株式数三万八〇〇〇株の約44.74パーセントという過大な比率を占めること。Y2は、Xとの間の控訴会社の支配権をめぐる抗争を有利にするため、信頼のおける知人などの紹介とはいえ、それまで全く面識のなかった他人に対し、控訴会社の前記総資産額に照らし破格に低廉な一株金一〇〇〇円で本件新株の一部を譲渡したこと。そしてこのことが、極めて不自然、かつ不合理であること(控訴会社の昭和五四年六月期の貸借対照表によると、控訴会社の純資産は、約金八億三〇五四万円であり、これを三万八〇〇〇株で除すると一株の金額は約金二万一八五六円となり、Y2の前記時価評価によると、一株約金五万円、Xの時価評価によれば一株約金一六万円となる。)、以上のことが認められる。
そうして、控訴会社は、本件係争があるまではXとY2の二人のみで小規模に経営されていたいわゆる同族的、かつ閉鎖的な個人会社であることやこれまで認定したXとY2の抗争の経過などをあわせ考えると、本件新株発行の実体は、控訴会社の代表取締役であるY2がXとの控訴会社の支配権をめぐる抗争に決着をつけ、控訴会社における自己の支配権を獲得するため、株主の多数を自己及びその親族で固め、Xの持株及び議決権比率を相対的に低下させることを意図し、子供達や両親の協力をえて、ことさらXに対して新株発行に関する通知をせず、また公募の手続をとることもなく、新株引受人については、自己、子供、両親など近しい者に限ったうえで、前記のとおりの取締役会議事録を仮装して、新株の手続をとったとしなければならない。
そうして、また以上の事実によると、当初の株式引受人は、本件新株発行の意図及びその後の株式比率の変化などを十分に知悉したうえでその引受をした悪意の引受人であることが推認され、右新株の譲渡についても、Y2が本件新株発行を有効ならしめる手段として、株式を第三者に譲渡することを考え、各譲受人と通じてその譲渡を仮装したものであるか、しからずとしても、Fほか六名の譲受人に対し、右新株発行の経過とその事情を話したうえで譲渡した点から、右Fほか六名も、前記の引受人と同様に悪意の譲受人であることが推認され、これに反する疎明はない。
さて、本件新株発行が取締役会の決議に基づかない瑕疵があるものであることを前提として、本件新株発行の効力について判断する。なお、控訴人らは、本件新株発行について、商法二八〇条の二第二項に基づく株主総会の特別決議を経たと主張するが、これらの決議は、前記説示のとおり、Y2が仮装したものであるから、不存在というべきである。
控訴人らは、本件新株発行が、控訴会社に資金調達の必要があったためY2が、控訴会社の代表取締役として適法にしたものであって有効であると主張する。
ところで、代表取締役が新株を発行した場合、それが有効な取締役会決議に基づかないでされたとしても、それが対外的に代表権のある代表取締役の行為であることや株式取引の安全などを考慮したとき、原則的には、取締役会の決議を経ていないことだけで新株発行無効の訴の理由にはならない。しかし、株式会社の新株発行は、会社の資金調達など業務執行的側面がある一方、本来的には会社の人的・物的基礎に変動をもたらす組織法上の性質を有する行為である点に着目したとき、当該新株発行が、専ら、後者の目的、すなわち組織上従来の株主の株式比率を相対的に低下させ、新株発行を行う代表取締役などによる会社支配のためにのみ行われた例外的な場合で、かつ、新株発行を無効としても株式取引の安全を害さない特別の事情のあるときには、従来の株主の利益を保護するために、有効な取締役会の新株発行決議のないことは、新株発行無効の理由となると解するのが相当である。
そして、この視点にたって、本件新株発行の効力を無効とすべき特別の事情の有無について考察すると、本件には、特別の事情があるとしなければならない。
すなわち、Y2がした本件新株発行は、さし迫った資金調達の必要がなく、専ら控訴会社の支配権を獲得するため、人的・物的基礎に変動をもたらすことを狙ってされたものであって、本件新株の発行には、正常な株式会社の資金調達方法としての新株の発行行為と同視すべき事情はなく、また、引受人及び譲受人が、前記のように悪意のものばかりであり、かつ、新株がこれらの者の手元にとどまっている以上、本件新株発行を無効としても、株式取引の安全を害しない特別な事情があると認められるから、本件新株発行には無効事由があるというべきである。
もっとも、商法二八〇条の一七第一項は「新株発行ヲ無効トスル判決ガ確定シタルトキハ新株ハ将来ニ向テ其ノ効力ヲ失フ」と規定しているから、本件新株発行に無効事由があるとしても、昭和五五年一月六日の原判決別紙決議目録(三)の決議がなされた当時は有効な株式であり、したがって、これらの株式を保有する者らが株主総会に出席して決議に参加しておれば、右の決議が有効なものになると解する余地がないではない。
また、新株発行の無効は、原則として新株発行差止めの訴えによってのみこれを主張しうるものであるから、右訴えの確定を待たずしてこれを主張することに問題がないとはいえない。
しかし、前記認定した本件新株発行の意図、経緯、その方法、特にY2が二回目の新株の払込金一八〇〇万円のうち金一五〇〇万円を他の引受人のため代払いをしていることなどの事情もあわせ考えると、本件新株発行が有効であると主張する右の期間中、実質的には全てY2が右新株の株主であるといえる。仮に、そうでないとしても、新株引受人、譲受人らがいずれも新株発行の無効について悪意であって、会社法の規定を潜脱する意図をもって行動しているのである。そうすると、Y2や新株引受人、譲受人らの株主としての地位の保護をはかる必要は毛頭ないから、被控訴人Xは、新株発行差止めの訴えないし仮処分によらずして、本件新株発行の時点からその無効を主張できるというべきである。したがって昭和五四年八月三〇日以降に行われた控訴会社の株主総会決議は、いずれも法律上不存在であるという前記の結論は、形式上本件新株発行がされたことによってなんら左右されるものではない。
以上の説示は、当審での控訴人らの主張四を排斥する理由として当てはまる。」
19 同四二枚目裏六行目の「にもかかわらず、」の次に「仮処分制度を潜脱する目的をもって、」を加え、同四三枚目裏七行目から九行目までを全部削り、そこに次項を挿入する。
「めの抗争というべきである上、控訴人Y2らのとった一連の手段は法を悪用するもので、本件紛争の発端が、被控訴人が韓国に妻子のいることを被控訴人Y2に秘していた点にあることを考慮しても、被控訴人の行動よりも悪質なものといわざるをえない。そうしてまた、被控訴人の行動が控訴会社に黒字倒産の危機をもたらしたこと、控訴人らの前記の一連の役員選任登記などにより控訴会社をめぐる法律問題が安定したこと、以上のことを認めるに足りる疎明はない。」
二以上の次第で、本件仮処分申請は理由があるから、これを認容した本件仮処分決定及びこれを認可した原判決は正当であって、本件控訴は理由がない。そこで、本件控訴を棄却することとし、民訴法八九条、九三条に従い、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官古嵜慶長 裁判官熊谷絢子 裁判官瀬木比呂志)